遺留分侵害額請求・遺留分減殺請求に応じない相手方への対処法
遺留分侵害額請求(旧:遺留分減殺請求)をしても、相手方が請求に応じないことがあります。
その場合、どのようにすれば相手方に応じさせることができるのでしょうか?
弁護士がわかりやすく丁寧に説明します。
[ご注意]
記事は、執筆日時点における法令等に基づき解説されています。
執筆後に法令の改正等があった場合、記事の内容が古くなってしまう場合がございます。
法的手続等を行う際は、弁護士、税理士その他の専門家に最新の法令等について確認することをお勧めします。
遺留分侵害額請求と遺留分減殺請求
遺留分とは、一定の相続人(遺留分権利者)について、被相続人(亡くなった人)の財産から法律上取得することが保障されている最低限の取り分のことで、被相続人の生前の贈与又は遺贈(遺言によって財産を取得させること)によっても奪われることのないものです。
被相続人が財産を遺留分権利者以外の人に贈与又は遺贈し、遺留分に相当する財産を受け取ることができなかった場合、遺留分権利者は、贈与又は遺贈を受けた者に対し、遺留分を侵害されたとして、その侵害額に相当する金銭の支払いを請求することできます。これを「遺留分侵害額請求」といいます。
遺留分制度については2019年7月1日に法改正があり、改正前は、遺留分侵害額に相当する「金銭」ではなく、遺留分侵害の限度で贈与や遺贈された「財産そのもの」の返還を請求できることになっており、これを「遺留分減殺請求」とよんでいました。
法改正より前に開始した相続については、旧法の適用を受けます。つまり、2019年6月30日以前に開始した相続では「遺留分減殺請求」が、2019年7月1日以降に開始した相続では「遺留分侵害額請求」が可能です。
なお、この記事では、改正後の「遺留分侵害額請求」を念頭に説明します。
相手方が応じない理由と対処法
「敵を知り己を知れば百戦殆うからず」は孫子の言葉ですが、これは相続問題についても妥当します。
つまり、「なぜ相手方は請求に応じないのか」、「相手方の狙いは何なのか」を知ることが重要です。
この点、相手方が請求に応じない理由には、主に、次の3つがあります。
- 遺留分制度について理解していない
- 遺留分侵害額請求権が時効によって消滅することを狙っている
- 財産の使い込みや財産隠しをしようと思っている
以下、それぞれのケースとその対処法について説明します。
遺留分制度について理解していない
遺留分侵害額請求権は正当な権利であり、遺留分を侵害する贈与又は遺贈を受けた人は、請求に応じなければならないのですが、相手方が遺留分制度について理解していない場合、請求者が根拠のない主張をしていると誤解して、請求に応じないケースがあります。
このような場合には、次のような方法によって、相手方に正当な請求であることを理解させることが必要でしょう。
- 弁護士に依頼し相手方に説明してもらう
- 遺留分侵害額請求調停を申立て、調停委員から説明してもらう
また、遺留分侵害額請求訴訟を提起して認容判決が確定すれば、相手方が納得してなくても強制執行をすることができます。
遺留分侵害額請求調停及び遺留分侵害額請求訴訟について、詳しくは後述します。
遺留分侵害額請求権が時効によって消滅することを狙っている
遺留分侵害請求権は、遺留分権利者が、相続の開始及び遺留分を侵害する贈与又は遺贈があったことを知った時から1年間行使しないときは、時効によって消滅します。
相続開始の時から10年を経過したときも、同様です(つまり、相続の開始及び遺留分を侵害する贈与又は遺贈があったことを知らなくても10年を経過したら時効によって消滅するということ)。
遺留分侵害請求権が時効によって消滅してしまったら、遺留分侵害額を請求することができなくなってしまうため、時効完成までの間に請求しなければなりません。
遺留分侵害額請求は、方式に決まりはなく、口頭でも構いませんし、電子メールやファクシミリ(ファックス)でも構いませんが、請求を行ったことを証明できるように、配達証明付き内容証明郵便によって請求すべきです(詳しくは後述)。
なお、遺留分侵害額請求調停の申立てを行っただけでは、時効の完成を防ぐことはできないので、ご注意ください(なお、遺留分侵害額請求訴訟は時効の完成を防ぐことができます)。
1回でも請求しておけば、以降は、遺留分侵害額請求権が時効によって消滅することはありません。
ただし、遺留分侵害額請求権によって生じた金銭債権については、別途、消滅時効が進行していきます。
この金銭債権は、権利を行使できることを知った時から5年間、又は、権利を行使できる時から10年間のいずれか早い方の期間が経過すると、時効によって消滅します。
この金銭債権については、債権者は遺留分侵害額請求を行った時点で権利を行使できることを知っているでしょうから、通常、遺留分侵害額請求を行ってから5年間で時効によって消滅します。
したがって、遺留分侵害額請求をしても相手方が応じない場合は、遅くとも、5年以内に、時効の更新又は完成猶予が生じる行為がなされなければ、債権は時効によって消滅してしまうのです。
財産の使い込みや財産隠しをしようと思っている
相手方が請求に応じず時間稼ぎをして、その間に、財産を使い込んだり隠したりする場合があります。
このような場合に備えて、相手方の財産を、仮差押えによって保全しておくことが有用です(詳しくは後述)。
遺留分侵害額請求に相手方が応じない場合の対応手順
以上では、相手方の戦術ごとに対処法を説明してきましたが、以下では、相手方がどのような戦術であっても対応できるように手順というかたちでまとめます。
遺留分侵害額請求に相手方が応じない場合は、次のような手順で対応するとよいでしょう。なお、弁護士に依頼する場合は、以下の2以降の手順は弁護士が代理するので、理解できなくてもまったく問題ありません。
- 弁護士に相談する
- 配達証明付き内容証明郵便で遺留分侵害額を請求する(1年以内)
- 遺留分侵害額を算定し、相手方に請求する
- 相手方が請求に応じない場合、相手方財産の仮差押命令申立を行ったうえで、遺留分侵害額請求調停申立を行う
- 調停が不成立となった場合、遺留分侵害額請求訴訟を提起する
- 請求認容判決が確定したら、担保取消申立を行い、担保(保証金)を取り戻す。また、請求認容判決が確定する等しても相手方が応じない場合、差押命令申立を行う
以下、それぞれについて説明します。
弁護士に相談
遺留分侵害額請求に相手方が応じない場合は、できるだけ早く弁護士に相談することが重要です。
弁護士から請求することによって相手方が速やかに応じる可能性が飛躍的に高まります。
相手方が遺留分制度について理解していない場合は、弁護士が説明することで、納得して請求に応じるようになるケースが多々あります。
相手方としても、弁護士が出てきた以上、応じないでいても、仮差押えを受けて財産を使うことも隠すこともできないし、調停や訴訟の対応で負担を強いられることになることを、弁護士の説明によって理解しますから、多くのケースでは、無駄な抵抗をやめて、すんなりと応じるようになるのです。
このような理由から、まずは、弁護士に相談することを強くお勧めします。
当サイトにも、無料相談に応じている弁護士が多数掲載されています。
配達証明付き内容証明郵便で請求
配達証明付き内容証明郵便で請求することによって、内容と請求日を証拠として残すことができます。
このことは、前述のとおり、遺留分侵害額請求権が時効によって消滅することを防ぐために極めて重要です。
なお、この請求書には、具体的な遺留分侵害額は記載しなくて構いません。
文例については「遺留分侵害額請求(旧遺留分減殺請求)の内容証明の文例と書式」を参考にしてください。
遺留分侵害額の算定
次に、遺留分侵害額を算定し、相手方に請求します。
遺留分侵害額は、被相続人の財産額に対する割合で決まるため、まずは、財産調査を行い、財産額を算定しなければなりません。
この財産調査についても、併せて弁護士に依頼することができます。
弁護士は、相続人本人では情報を収集することが難しい場合であっても、弁護士会を通じて、金融機関や行政機関等に対して、亡くなった人の財産についての情報開示を求めることができる場合があります。
これを「弁護士会照会」又は「23条照会」といいますが、この照会等による遺産の調査によって、一部の相続人が隠していた遺産や誰も気づいていなかった遺産の存在が明らかになり、遺産の全容を把握することができる場合があります。
なお、弁護士会照会によって情報開示を受けられるのは、預貯金、株式等の有価証券、自動車等の財産です。
不動産については、弁護士会照会ではなく、名寄帳を用いて調査することが多いです。名寄帳は、弁護士でなくても閲覧・取得することができますが、弁護士にまとめて依頼した方が手間がかからないでしょう。
遺留分侵害額を算定したら、相手方に請求します(これは内容証明郵便でなくて構いません。)。
仮差押えと調停
相手方が請求に応じない場合、相手方財産の仮差押命令申立を行ったうえで、遺留分侵害額請求調停申立を行います。
仮差押え
仮差押命令申立までは、できるだけ迅速に行わなければなりません。
なぜなら、多くの月日をかけて訴訟をして請求認容判決が確定しても、その間に、相手方が財産を使い込んでしまったり、隠してしまっては、弁済を受けることも財産の差押えを行うこともできなくなるからです。
仮差押えには、担保(保証金)の供託が必要です。保証金の目安は、仮差押えの金額の概ね1~3割程度です。
保証金は、全部勝訴判決が確定した場合や相手方が請求を認諾した場合等は、担保取消手続によって取り戻すことができます。
なお、損害保険ジャパン日本興亜株式会社と支払保証委託契約(ボンド)を結んだ場合は、保証金の供託は不要で、代わりに保証料がかかりますが、保証料は最低10万円と、保証金を供託する場合に比べて小さい負担で済みますが、掛け捨てなので取り戻すことはできません(詳しくは、パンフレット参照)
仮差押えの手続きは、弁護士に依頼にすれば手間なく迅速に進めてもらえるので安心です。
自分で行う場合は、裁判所ウェブサイトのこちらのページが参考になるでしょう。こちらのページを読んでみて、難しそうだなと感じたら、やはり、弁護士に相談することをお勧めします。
調停
遺留分侵害額請求調停は、相手方の住所地の家庭裁判所又は当事者が合意で定める家庭裁判所に申し立てます。
調停手続きでは、当事者双方から事情を聴いたり、必要に応じて資料等を提出してもらったりするなどして事情をよく把握したうえで、解決案を提示したり、解決のために必要な助言をしたりして、話合いを進めていきます。
遺留分侵害額請求調停についても、弁護士に依頼している場合は、心配ありません。弁護士に依頼すると、次のようなメリットがあります。
- 有利な条件で決着できる可能性が高くなる
- 感情的な対立を避けられる
- 調停期日を欠席できる
- 精神的な負担が緩和される
- 調停申立の手続きや書類の作成・収集も委任できる
遺留分侵害額請求調停について詳しくは「遺留分侵害額請求調停(旧:遺留分減殺請求調停)を完全解説! 」をご参照ください。
訴訟
遺留分侵害額請求調停が不成立に終わった場合、遺留分侵害額請求訴訟で認容判決を得て、その判決が確定すれば、相手方が応じなくても、相手方の財産の差押えを行うことができます。
判決に不服がある場合は管轄の高等裁判所に控訴することからでき、さらに、高等裁判所の判決に不服がある場合は最高裁判所に上告することができます(控訴・上告のことを「上訴」といいます)。
期限内に上訴しなかったり、最高裁判所の判決が下ると、判決が確定し、以降は、不服申立を行うことができません。
訴訟は、一般の方が独力で対応することが調停以上に困難なので、弁護士に依頼することになるでしょう。
遺留分侵害額訴訟について詳しくは「遺留分侵害額請求訴訟(旧:遺留分減殺請求訴訟)を完全解説!」をご参照ください。
なお、相手方が当初からまったく話し合いに応じる気がない場合等、調停をしても不成立に終わることがわかり切っている場合は、手間を省くために、調停を経ずに、いきなり訴訟をすることはできないのでしょうか。
この点、まず調停の申立てをしなければならないことになっています。このことを調停前置主義といいます。
そして、調停を経ずに訴訟が提起された場合、裁判所は、原則として、事件を調停に付さなければならないことになっています。
ただし、裁判所が事件を調停に付することが相当でないと認めるときは、調停に付さなくてもよいことになっています。
担保取消と差押え
仮差押手続において供託した担保(保証金)は、前述のとおり、担保取消手続によって取り戻すことができます。
担保取消についても、弁護士に依頼した場合は、弁護士の方で進めてくれるので、手間がかかりません。
自分でやる場合は、裁判所ウェブサイトのこちらのページが参考になるでしょう。
また、相手方が敗訴を受けて支払いに応じてくれればよいのですが、敗訴が確定しても、支払いに応じないケースもあります。
そのような場合は、仮差押えしている財産の差押えによって、弁済を受けることができます。
差押えについても、同様に弁護士に依頼しなければ極めて難しい手続きですが、自分でやる場合は、裁判所ウェブサイトのこちらのページが参考になるでしょう。
まとめ
以上、遺留分侵害額請求に相手方が応じない場合の対処法について説明しました。
相手方が応じなくても、弁護士に対応を依頼すれば、多くのケースでは手間なく回収することが可能です。